スーパーで、ケーキを見かけた。
今夏、最大の出来事といえば……
冷蔵庫が壊れたこと。
ほとんど、この一点に尽きる。
夏バテや色々なことが重なって食欲が減っていた私には、
「片付けが大変」
という以外には、あまり影響のない話である。
一人暮らしだから、自分以外に困る人、いないしね。
が、それはそうとして……秋。
今が秋かというと、まだ夏だと思うのだけれど。
夜に聞こえる虫の音なんかを考えると、かなり、秋だ。
仕事の繁忙も、諸々のゴタゴタも落ち着いてきた。
食欲が少しだけ、戻ってくる。
でも冷蔵庫は壊れている。
ので、外食や、スーパーの惣菜、そういうものに頼っている。
まあ、そんな近況はさておき。
今日もスーパーを歩いていると、こんなものを見つけた。
うん。
ブルボンの「シルベーヌ」
いや、ね。
いつも置いてあるんですけど。
たまたま目に入ってね。
特別な好物というほどではないけれど。
このお菓子にはちょっとした思い出がある。
何歳くらいかな。たぶん、5歳とかそこいらだったと思う。
(長いこと子どもっぽい子どもであったから、実は8歳くらいだったかもしれないけれど。)
母親の買い物についていくと、おやつをひとつ選んでいい、というルールがあった。
このルールがありきたりかどうかは分からない。
けれど、私や妹にバラバラに動かれるよりはまあ、一所に縛り付けたほうがいいのは間違いないので、この方策は功を奏していたのだと思う。
で、当然この「お菓子」には「お菓子売り場に置かれている」「小さめの」という条件がある。
(なお、夏場はアイスも可である。お菓子売り場とアイス売り場はすぐ近くであった。)
なので、例えば大袋のアルフォートだとか、カントリーマアムだとかは、不可。
ケーキ売り場のショートケーキなんかも当然、不可。
季節は10月の頭。私は母に「ケーキを買いたい」とねだった。
なにも、贅沢をしたいわけではない。いや、したい気持ちも、ちょっとはあったけれど。
そうではなくて、母の誕生日は10月の上旬なのだ。
「お母さん、誕生日でしょ。ケーキ買わないの?」
「買わないよ。こないだぶろっくの誕生日で食べたでしょ」
「そうだけど(そうじゃないんだけど)」
「そもそもお母さん、イチゴ苦手だよ」
「チョコのとか、あるじゃん」
「ケーキなんて、そんなにホイホイ買うものじゃないでしょ」
あえなく惨敗。
すごすごとお菓子売り場に向かう私。
そこで見かけた、シルベーヌ。形状は間違いなく、ケーキだ。
外装もすこし、おとなっぽい。高級感を覚える。
これならどうだろか……
高い。
通常、買ってもらえるお菓子は100円前後である。
倍以上違う。さすがにこれは、無理だ。
我が家において、もっとも機嫌を損ねてはいけないのは、母である。
怒鳴るわ、拳骨はおりてくるわ。口論では絶対に勝てないわ。
(たいてい、正しいのは母だった。だから何も言い返せなくて、却って機嫌を損ねた。)
仕方なく無難なお菓子を探して、買い物かごに入れた。
レジに並ぶ。
レジごと、入り口には商品が置いてある。どこのスーパーでも似たようなものだろう。
そこで視界に飛び込んできた、やつ。
……あるじゃん、三角のやつ!
(今は無いんでしょうか、四角いのはあるようですけども。)
急いで確認する。「これにしてもいい?」
ちょっと面白いものを見たような顔をして、母はOKを出した。
ダッシュでかごに入れて、選んであったお菓子を戻しに行く。
……。
…………。
「お母さんは食べないの?」
「だってそれ、ぶろっくが選んだんでしょ」
「いや、お母さんが誕生日だからこれにしたんじゃん」
「じゃあ、一個だけもらお」
「うん」
うん、たぶん母は分かっていたのだ。
最初にケーキをねだったのも。プチのケーキを選んだのも、ちゃんとお祝いしたかったんだって。
まあ、シルベーヌを買えなくて悩んだのは、知らないかもしれないけど。
結局お互い恥ずかしくて、盛大な誕生日とはいかなかったけれど。
それでも、なんとなく通じるものはあったんだ、と思う。
今年も母の誕生日が来るけれどその時には、そんな思い出を自分の中で、たくさん思い出してあげたい。
母がよく飲んでいたレモン味の缶チューハイと、つまみに焼き海苔でスライスチーズをはさんで。
それでデザートに、あの頃は買えなかったけれど、200円ちょっとのシルベーヌを食べながら、大人になったなあ、と思うことにしよう。
ぶろっく